広島の地から
世界トップレベルを目指して
オリジナルな研究の発信をしてゆきたい
教授 粟井 和夫
医学博士
日本医学放射線学会放射線診断専門医
この文を書いている2020年12月の時点では、広島市のCOVID-19の感染状況が非常に悪化しており、広島県および広島市には「新型コロナ感染拡大防止集中対策期間」が発出されています。COVID-19の確定診断にはPCRが必要ですが、患者の重症度を判定しマネージメントを決める上では胸部CTが重要であり、放射線診断医も、患者の直接の診察をする機会は少ないもののCOVID-19の診療に大きく関わっています。
14世紀にヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)が封建制度を解体させヨーロッパの中央集権化を加速させたように、今回のCOVID-19も世界レベルで社会・経済・医療制度の変化をもたらすでしょう。現時点では、COVID-19によるパンデミックが終息した後に医療がどのような方向に進むかはわかりませんが、少なくともITを基盤とする画像診断は今まで以上に活用されるのは間違いありません。
画像診断は、AIやビッグデータと相性が良いことから、放射線診断医もこれらに親しみこれらを使いこなすことが必要になるでしょう。数年前より画像診断に関するAIがネット等で盛んに報道されていますが、実際には実用化されたAIはわずかしかなく、それも肺結節の検出など特定の単純作業を代替するものがほとんどです。AIの普及により放射線診断医は不要になると一時期言われた時期もありましたが、それから数年たった今でも放射線診断医の需要はまだまだ高いのが実情です。米国でも、一時期、放射線診断医になる者が減少しましたが、最近は再び放射線診断医を目指す人が増えているようです。前述したように現在のAIはまだ単純作業を代替する程度のものであり、AIが実際の複雑な画像診断業務をこなせるようになるのははるか未来のことのように思われます。
一方で、現時点でもAIを利用することにより放射線診断業務を効率化することは可能です。
今後の放射線診断医は、結節の検出といった単純作業ではありますが時間のかかる仕事はAIにまかせて、この患者さんの病態の本質は何かを考えたり、医学および社会的な観点から患者さんの治療はどのようにすべきかを主治医と議論したりといった、よりクリエイティブな仕事を中心にするようになると思います。私は、未来の放射線診断医は、AIを駆使して患者にとって最良の選択をすることをサポートする医療におけるデータサイエンティストのような位置付けになるのではないかと考えています。
私の研究室は、広島大学医学部の卒業生のみではなく、いろいろな医学部の出身者からなっており、さらに工学部出身で画像工学の専門家もいます。大学院生等の研究テーマも、個々の希望をなるべく尊重し、研究室の中で多様な研究が展開されるように心がけています。研究グループもあまり厳密に分けず、場合によっては、ある研究グループのメンバーが別のグループの研究にも参加するというような、緩やかな結合の中で研究を進めています。
また、研究室のメンバーの半数近くは女性です。女性医師の中には家庭の事情等でフルタイムの勤務が難しいかたもいますが、そのような方でも週数回あるいは一日数時間の勤務をしてもらい、放射線診断医としての臨床のスキルを維持できるようにしています。私たちの研究室では、このように、多様な人材が、それぞれにあったスタイルで診療や研究に活躍できるように配慮しています。
私は2010年に本研究室の教授に着任しました。この時、研究室のスタッフがかなり入れ替わり、ほとんどの研究がゼロから始まるという状況となりました。当時は、すべての大学院生の指導を私が直接行っており大変でしたが、このことは私の研究に関する考え方や私がそれまでに学んできた方法論を若手に伝える良い機会となりました。
それから10年以上が過ぎ、私が指導した大学院生達が准教授や講師となり、若手医師を指導してくれるようになりました。私自身の研究の関心は、CTにおける被ばく低減、造影剤の体内動態、診断用放射線の生物学的影響、人工知能の画像診断への応用といった放射線診断領域の基礎的なものが主ですが、当科の中堅、若手のメンバーが、それを胸部、心血管、腹部、小児などのサブスペシャリティー領域に展開し発展させてくれています。
最近は、私の研究から、英語論文も毎年コンスタントに20以上アクセプトされるようになりました。我々の領域では最もレベルの高い北米放射線学会でも、毎年20題前後の演題が採択されています。我々の開発した手法には、人工知能を応用したCTの画像再構成法など、世界中で普及しつつあるものもあります。ようやく、当研究室でもオリジナルの研究が次々に発信できるようになり、世界で戦えるようになったと感じています。今後も、スタッフが一丸となって、広島の地から世界トップレベルを目指してオリジナルな研究の発信をしてゆきたいと考えています。